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最高裁判所第一小法廷 平成7年(オ)2557号 判決 1998年10月08日

名古屋市守山区川宮町一八七番地

上告人

伊佐地一利

右訴訟代理人弁護士

田倉整

高木修

内藤義三

三木浩太郎

右補佐人弁理士

長屋文雄

和歌山県新宮市新宮三四五六番地

被上告人

株式会社フクダ精工

右代表者代表取締役

福田拳二

右訴訟代理人弁護士

片井輝夫

梅本弘

池田佳史

川村和久

右補佐人弁理士

杉本勝徳

右当事者間の名古屋高等裁判所平成六年(ネ)第一三七号実用新案権侵害差止等請求事件について、同裁判所が平成七年八月三〇日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田倉整、同高木修、同内藤義三、同三木浩太郎、上告補佐人長屋文雄の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難し、独自の見解に立って原判決を非難するか、又は原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠藤光男 裁判官 小野幹雄 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)

(平成七年(オ)第二五五七号 上告人 伊佐地一利)

上告代理人田倉整、同高木修、同内藤義三、同三木浩太郎、上告補佐人長屋文雄の上告理由

はじめに

以下は直接の上告理由そのものではないが、上告理由を理解いただくために、説明するものである。

一 本件では、結論にいたる過程の、真の争点と実際の議論が噛み合っていない。

本件考案は「ロッドミル」に関するものであるが、本件の主たる争点は、全体として三つあった。

二 第一の争点は、本件考案における「水平」の概念についてであり、本件のようなロッドミルにおいては、一度程度の傾斜角度は水平に含まれるとの上告人の主張について、一審判決は、本件のょうなロッドミルにおいては、角度一度は水平に非らずとの理由でこれを排斥した。

上告人は、原審で証拠を追加し、一度程度の傾斜角度では、本件のようなロッドミルの動作には影響がないことを主張立証したのである。

三 第二の争点は、右に関連し、仮に一度程度の傾斜角度は「水平」には含まれないとしても、被上告人は、「水平」そのものの状態で機器を販売しており、傾斜させるか否か、どの程度傾斜させるかは、被上告人が決定する事項ではなく、使用者が決定する事項であるので、それをどう考えるかと言う問題であった。

上告人は、製造販売自体の差止、それ自体による損害賠償を請求している本件では、使用者の設定する傾斜角度は侵害を否定する理由となり得ないと主張したのであるが、一審判決は、傾斜角度は使用者の使用された状態で考えるべきだとして、上告人の主張を否定した。

上告人は原審でも同様な主張をした。

四 第三点は、本件考案における、「駆動軸」「中間軸」「差動装置」の相互の関係である。

この点は、

1 請求の範囲には、次の問題について、直接的には、これを肯定する記載も、否定する記載もない。

2 実施例では「駆動軸」と「中間軸」とは別部品であり、「中間軸」と「差動装置」はベルトを介さずに「直結」されている。

しかし、実施例の説明には、これは一例でありこの態様にはこだわるべきではない旨の記載がある。

3 イ号、イ号の2物件では、「駆動軸」と「中間軸」は一体成形(「直結」)されており、「中間軸」と「差動装置」はベルトを介して「連結」されている。

五 上告人は、「駆動軸」の回転が「差動装置」に伝達されること、「中間軸」は「差動装置」の間にあって回転を伝達していること等の要件は必要であるが、それ以上に限定する必要はなく、「中間軸」と「差動装置」の間に別部品が介在してもよいし、逆に「駆動軸」と「中間軸」が直結されていてもかまわない、と一審で主張した。

六 以上の問題点を通じて、被上告人は、さらに本件考案には、普通に解釈したのでは無効事由を含むことになるので、請求の範囲の文言は狭義に解釈すべきであり、前記1、3の点については狭義に解釈すべき旨を主張した。

上告人はこれに対し、無効事由はないので、請求の範囲の文言を狭義に解釈すべき理由はない旨主張した。

なお、本件考案については明細書図面に明白な誤記があり、本件裁判継続中に図面の訂正が認められ、公告された。

他方、被上告人の無効審判の請求は、裁判継続中に請求不成立が確定した。

七 一審判決は、

1 「駆動軸」「中間軸」「差動装置」は相互に(次注)記載の関係が必要であること

2 「駆動軸」と「中間軸」が「異なった語をもって表現」されていること、

3 「公報実施例」が前記のとおり、ベルトなしの「直結」であり、「駆動軸」と

「中間軸」が別個の部品からなりたっていること

を理由に、実質において、本件考案は実施例に示された態様のものに限る旨の判断をした。

そして、前記実施例における、こだわるべきではないとの記載について、「課題」を述べただけだから参酌できない趣旨の判断をした。

注『請求の範囲の記載からして、本件考案における中間軸とは、「二つの差動装置を回動自在に連結することにより、一方の回転を他方に伝達するもの」と、駆動軸とは、「二つの差動装置のうちの一つと駆動軸とを回動自在に連結することにより、駆動源の回転を当該差動装置に伝達するもの」』

以下一審判決のこの表現を、「連結表現」と省略して摘示することがある。

八 そこで、上告人は原審において、この第三の争点について、

1 一審の言う「連結表現」で示されたことには異論はない。

むしろ、それだけであれば、イ号、イ号の2はそれに完全に該当している。

2 「異なった語をもって表現」されているからと言って、それは部品として別個かどうかの問題は別であり、一体成形された一個の部品の各機能部分を「異なった語をもって表現」することはいくらでもありえる。

3 請求の範囲の文言は当業者の普通の理解にしたがって理解すべきであり、普通の理解に従って理解したので、公知等の無効事由を含むようになる場合には、それをさけるために文言は狭義に、場合により実施例の態様に限定して解釈すべきであるが、本件ではそのような無効事由はない(被上告人の無効審判の請求は排斥され、確定している)ので、むしろ文言の許す範囲で広く解釈すべきである(東京地裁昭和五二年三月一四日判決無体集九巻一号、東京地裁昭和六〇年四月二六日判決特許と企業八五年六月号等々)。

4 そうであれば、本件の実用新案の登録請求の範囲には、ベルトの介在を否定するような記載も、「駆動軸」と「中間軸」が一体成形されていてはいけないような記載もないので、イ号、イ号の2はそれに該当するし、前記の「連結表現」とも矛盾もていない。

と主張したのであった。

注 原判決8頁には、上告人は、「駆動軸」や「中間軸」がなくて、それらの代わりにベルト等で置き換えても請求の範囲に含まれるような主張をしているようなニュアンスの表現が見られるが、上告人はそのような趣旨の主張は一度たりとしていない。

上告人は、「駆動軸」や「中間軸」があれば、それらの軸の間にベルト等の部品を介在させたり、反対に「直結」にしたりすることは適宜設計にあたって選択できる事項である旨主張しているものであって、「駆動軸」や「中間軸」の「軸」自体は当然の前提としているのである。

原判決一〇頁八行以下には上告人の主張として、右両方の軸があることが前提として主張、記載されていることに留意いただきたい。

多分主張を省略的に記載したことからそうなったと思われるが、もし原判決が右のような誤った趣旨で上告人の主張を理解していたとすれば、原判決の勝手な、かつ重大な思い違いである。

5 そして、その立証として、一体成形か否か、ベルトの介在の有無をどう見るかについて、当業者の立場から見た意見書を提出したいと述べた(平成七年二月一七日付上告人上申書)。

なお、平成七年四月一〇日の弁論においては、同四月七日付上告人の準備書面が提出され、次回六月七日の弁論においては、被上告人側のこれに対する反論の予定であったため、上告人側では、遅くともその次の弁諭までに前記意見書を提出すればよいと考えて準備をしていたものである。

しかし、被上告人の反論の提出された右六月七日の弁論において、上告人は立証を至急追加する予定であると述べたが、原審は結審を宣告した。

上告人は、同六月三〇日付けで弁論再開を申立てると共に、前記の問題に対する当業者の知識経験を有する者の意見書を提出した。

九 以上の問題について、原判決は、

1 第一の争点である、一度程度の傾斜角度は水平に含まれるかどうかについては、一切判断を示しておらず、逆にその点に関する一審判決の記載を理由から除外した。

したがって、この点については、白紙の状態になったのであるから、いちがいに、一審判決が否定されたとまでは言えないとしても、少なくとも、非侵害の理由とはならなくなったことは明らかである。

一審では、そもそもその点についての作用効果など具体的な立証はなかったのであるから、その点について原審で反対趣旨の立証がなされた以上、一審の理由付は、少なくともそのままでは維持できなくなったと考えられる。

2 第二の争点である、「水平」に関する、製品出荷状態と使用者の使用状態の問題については、第一の争点の判断が維持されていない以上、これも当然に理由からは除外された。

3 第三の争点である、「駆動軸」「中間軸」「差動装置」の相互関係については、原判決は、前記一審の「連結表現」が正しいことを理由に、イ号、イ号の2はそれに当らないとしている。

しかし、一審が実施態様に限定した理由として真っ先に述べた「異なった語」「別個の部品」については、これを非侵害の理由から除外した。

しかしながら、他に積極的な理由を述べることなく、右解釈は無効事由等を理由とする限定解釈ではないとしている。

他方、一審判決の実施例を理由とする限定解釈の記載については、そのまま理由として維持している。

4 さらに、本件考案の意義は、ロッドミルにおいて一駆動源で四輪駆動方式を採用した点にあるとの、上告人の主張を排斥した。

10 右のように、上告人の主張と噛み合っていないと言うのは次の点である。

1 上告人は、一審判決の「連結表現」を正しいとして、イ号、イ号の2はそれをそなえていると主張しているのに対して、原判決は一審判決の「連結表現」は正しいからイ号、イ号の2はそれに該当しないとした。

イ号、イ号の2のどこが、なぜ右「連結表現」該当しないのか、理由は説明されていない。

尤も、右「連結表現」の中にある、「中間軸」が「一方の回転を」他方に伝達との意味が、「中間軸」の受ける回転が、差動装置からだけの回転であり、「駆動軸」からの回転は含まないと言う趣旨で用いられているのであれば、確かにイ号、イ号の2物件の構造とは異なるが、それは明らかに誤りであり、その点は後述する。

2 一審判決は、請求範囲が「異なった語」を用いていることと、実施例を理由に「別個の部品」に限る旨の限定解釈をしたのである。

しかし、原判決は、その、「異なった語」だから「別個の部品」に限定されるとの部分は理由から除外しているのであるから、一審判決で残された部分は、前1の問題点を除けば、むしろ実施例を理由とする限定解釈の部分だけである。

上告人は、一審判決のこの点について、無効事由を避けるために実施例にそった限定解釈をすることは当然だが、本件のように無効事由のない事案においては、「請求の範囲」の文言の許す範囲は全て認めるべきで、実施例にそった限定解釈をすべきではないと主張してきたのであるが、原判決は、限定解釈していないとするだけで、実施例にそうべきとの一審判決をそのまま維持している。

3 さらに、原判決で否定された前記本件考案の意義の点は、本件考案の進歩性を裏付ける理由として上告人が主張した点であり、上告人は本件考案には、このように進歩性もあるから、本件考案を限定解釈する必要はないと主張したのである。

もし、原判決のように、本件考案の「請求の範囲」の文言を普通に解釈するだけで、非侵害の結論が得られ、一審判決はそのように解釈していると言うのであれば、上告人主張の本件考案の意義(進歩性)を否定する必要は全くない筈である。

上告人主張の本件考案を意義を否定した部分が、原判決の理由として、どのような関係にあるのか、理解できないところである。

11 以上の前置を踏まえ次のとおり上告理由を主張する。

上告理由第一点

原判決は、実用新案権の権利範囲を解釈するにあたって、請求の範囲の文言を不当に狭く解釈した点で、実用新案法第二六条により準用される特許法第七〇条の解釈を誤ったものである(以下は原則として本件考案出願当時の条文による)。

一 前述のように、原判決は、「本件公報の請求の範囲の文言に基づくものであって、ことさらに限定的に解釈したとか、無効事由の存在を前提として限定解釈したというものではない」としている。

したがって、右を前提とすれば、本件考案の請求の範囲の記載を普通に解釈すれば、イ号、イ号の2は含まれないような解釈になると言うのが原判決の趣旨である。

しかしながら、次に説明するとおり、本件考案の請求の範囲を普通に解釈すれば、イ号、イ号の2は含まれることが明らかなので、原判決は特許法第七〇条を誤解して、狭く解釈した違法がある。

二 この問題に関する要件C、Dについての請求の範囲の記載は次のとおりである。「かつ、前記一対の差動装置間を前記転軸と直交状に配設した中間軸で回動自在に連結し」(以上要件C)

「さらに、一つの駆動源と前記差動装置の一つとを前記中間軸と同一中心上に配設した駆動軸で回動自在に連結し」(以上要件D)

というものである。

三 右の記載の文言からは、前記のようなベルトを介在させたものは含まないとか、「中間軸」の受ける回転が、差動装置からだけの回転であり、「駆動軸」からの回転は含まないと言う趣旨は出てこない。

なお、以下の問題を理解しやすいように、この三者の関係の概念図を次頁に記載するので、参考にして頂きたい。

原判決は、この点について『請求の範囲の記載からして、本件考案における中間軸とは、「二つの差動装置を回動自在に連結することにより、一方の回転を他方に伝達するもの」と、駆動軸とは、「二つの差動装置のうちの一つと駆動軸とを回動自在に

本件請求の範囲記載の概念図

<省略>

イ号、イ号の2の概念図

<省略>

公報実施例の概念図

<省略>

連結することにより、駆動源(注)の回転を当該差動装置に伝達するもの」と解する』としている。

この解釈はその文言の限度では、上告人の解釈と以下説明するよう全く同じである。

しかし、同じ解釈で違う結論が出る筈はないということからすると、原判決は、右「一方の回転を」という言葉は、「中間軸」は一方の差動装置だけから回転を受け取り、駆動軸からの回転は受け取ってはいけない、と言う趣旨で用いているようにも考えられる。

しかし、後述するように、差動装置はなんら回転を発生させるものではないので、本件考案においては、右のような解釈はありえないものである。この点は後述する。

注 原判決にはこの「駆動源」の部分が「駆動軸」と記載されている。

しかしながら、「駆動軸とは・・駆動軸の回転を・・伝達するもの」と言うことは有り得ないので、一審判決の記載と照合すれば、これは「駆動源」の明白な誤記であろう。

四 そこで一番重要なのは、「請求の範囲」の記載であるが、

1 まず要件Cは「一対の差動装置間を前記転軸と直交状に配設した中間軸で回動自在に連結し」と言うのであるから、その意味は

中間軸は転軸と直交状であること

中間軸は一対の差動装置間を回動自在に連結していること

の二つである

これは、一方の差動装置が一回転すれば、中間軸も一回転し、さらにその中間軸が一回転すれば、他方の差動装置も一回転すると言う関係にあることを指している。回動自在というのであるから、当然その逆にも回転は伝達される。

すなわち、例えば回転を一旦電気に変えて伝達し、その電気からさらに回転に変えて伝達するような手段は含まれず、回転をそのまま回転の形で伝達することを意味している。

それ以外の趣旨の記載は、この要件Cにはない。

これは原判決の解釈であるところの、

中間軸とは、「二つの差動装置を回動自在に連結することにより、一方の回転 を他方に伝達するもの」

というのも、これと全く同じである。

したがって、この記載から、中間軸と差動装置の間にベルトが介在してはいけないという趣旨は出てこない。

もっとも、回動自在に「連結」と言う言葉から、中間軸と差動装置が密接な関係にあることはうかがわれるが、そのことは途中に一切の部品の介在を許さないと言う趣旨ではない。

もしそのような趣旨を表現するのであれば、むしろ「直結」と言う言葉を用いるのが通常である。

電車、機関車の「連結器」が、両車両をボルトやナットで締め付け結合させるような単純な結合手段の場合のみならず、多数の部品の組み合わせによって、その噛み合わせでゆとりをもって「連結」させていることからもうかがわれるように、「連結」と言う言葉は、機械技術の分野では、「直結」を排除する訳ではないが、「直結」に比較して、若干ゆとりのある結合方法も含んでいるからである(広辞苑でも、代表的な用法として右自動式の「連結器」を上げている)。

なお、本件考案では、実施例においては「駆動源」と「駆動軸」はベルトで連結されているところ、次の要件Dは、ベルトを用いた連結も「連結」と表現していることからも、本件考案において「ベルトを用いた連結は連結に非らず」とは解釈できないはずである。

2 次に要件Dは「一つの駆動源と前記差動装置の一つとを前記中間軸と同一中心上に配設した駆動軸で回動自在に連結し」と言うのであるから、その意味は

駆動軸は中間軸と同一中心上にあること

駆動軸は駆動源と差動装置の一つと回動自在に連結されていること

すなわち

駆動軸は駆動源と回動自在に連結されていること

駆動軸は差動装置の一つと回動自在に連結されていること

である。

これは原判決の解釈である

駆動軸とは「二つの差動装置のうちの一つと駆動軸とを回動自在に連結することにより、駆動源の回転を当該差動装置に伝達するもの」

というのと全く同じである。

すなわち、駆動源の回転が駆動軸に与えられ、駆動軸が一回転すれば、差動装置にも一回転が伝達されると言う関係にあり、かつ駆動軸は中間軸と同一中心上にあることが要求されているのである。

この記載から、ベルトを介在させてはいけないとか、「中間軸」の回転は「駆動軸」の回転をそのまま差動装置に伝えるものではいけないという趣旨は全く出てこない。

「連結」と言う言葉については、「直結」に比較し、むしろ途中に別部品の介在を許すような、ゆるやかな結合を含む場合に用いられることは、要件Cで述べたとおりである。

3 他方イ号物件、イ号の2物件は、その目録図面(目録図面に争いがなく正しいことは、原判決も認定している)から明らかなように、中間軸と差動装置の間にベルトを介在し、駆動軸と中間軸は直結されているが、駆動軸が一回転すれば、中間軸も一回転し、中間軸が一回転すれば、差動装置にも一回転が伝達されると言う関係にあり、かつ中間軸は駆動軸と同一中心上にあることは明らかである。

したがって、原判決認定の目録図面に図示された構造を前提とし、原判決が明言するように、請求の範囲の文言に従って解釈してこれと対比すれば、結論は逆になる筈である。

4 そうすると、以上の点以外に、侵害を否定する根拠として考えられるのは、前述した、「一方の回転を」と言う言葉を、「中間軸」は一方の差動装置だけから回転を受け取り、駆動軸からの回転は受け取ってはいけない、と解釈したからということが考えられる。

そうであれば、イ号、イ号の2は、「中間軸」と「駆動軸」は「直結」されているので、「中間軸」には差動装置の回転と並行して「駆動軸」からの回転も加わっている(正確には、差動装置の回転イコール駆動軸の回転であるが)から、これには該当しないことになるからである。

5 しかしながら、右のような解釈は、原判決が「請求の範囲の文言」の通常の解釈によったので、「ことさらに限定してはいない」という説示と矛盾する。

前述のとおり、Cの要件は「一対の差動装置間を前記転軸と直交状に配設した中間軸で回動自在に連結し」と言うのであるから、「中間軸」が一対の差動装置間を回動自在に「連結」していることは言っていても、そこから、「中間軸」に与えられる回転が「差動装置」で発生した回転だとまでは言っておらず、また、差動装置の回転だけからでなければならない、と言う趣旨も、「文言上」はでてこない。

そもそも、「差動装置」が回転を発生させる装置でないことは一般人にも明らかであり(機械技術で言う能動素子と受動素子に分ければ、受動素子そのものである)、他方、要件Dによって、この差動装置に与えられる回転は、「駆動軸、の回転に他ならないことが「請求の範囲」の文言に明記されているのである。

また、一方の差動装置の回転は、今述べたように「駆動軸」によって与えられる回転であるから、一方の差動装置の回転が「中間軸」に伝達されることは必要であるが、(それはイ号、イ号の2物件によっても行われている)同時に「駆動軸」の回転が「中間軸」に与えることを禁ずる必要もないし、右Cの文言のどこからも「差動装置だけから」回転が伝達されると言う趣旨はでてこない筈である。

実際、ロッドミルにおいては、ミルの左右すなわち二つの差動装置の間において、常に不均一な回転が発生しようとする(可能な限り均一に回転させることが本件考案の目的ではあるが、裏を返せば、タイヤのかたよりや、フライホール効果により、常に回転の不均一が発生しようとするので、それを解消するのが目的である。)。

そこで、本件の考案は、両方の差動装置から中間軸に回転が伝達され、それが、反対側の差動装置に回転が伝達されるので、両差動装置によって、この不均一性を解消しているのである。

この場合、「中間軸」が、回転を、一方の差動装置から他方の差動装置に向かっては伝達できるが、他方の差動装置から一方の差動装置側に向かっては伝達できないとしたのでは、この回転の不均一性を少なくすると言う本件考案の目的は達成できないのである(以上について甲第一号証6欄一七一三〇行)。

したがって、正に、「中間軸」は「差動装置間を中間軸で回動自在に連結」することそのものが必要であり、逆に、それ以上のものであってはならないのである。

したがって、「中間軸は」、両方の差動装置の回転に対して公平な立場になければならないのであるから、「中間軸」の受け取る回転が、一方の差動装置だけからに限定されると言うような解釈は、「請求の範囲」の文言からはもちろん、「考案の目的」からも導かれる余地はないものである。

6 そして要件Dは「一つの駆動源と前記差動装置の一つとを前記中間軸と同一中心上に配設した駆動軸で回動自在に連結し」と言うのであるから、この意味に、「一方の差動装置だけから」「中間軸」に回転が与えられると言う趣旨は一切含んでいないことは明らかである。

むしろ、ここで留意いただきたいのは、このDの要件は「一方の差動装置」に与えられる回転が、駆動源によって与えられる駆動軸の回転に他ならないことを言っている。

すなわち、一方の差動装置の回転が、駆動軸の回転であり、この回転がCの要件により「中間軸」に伝達されるのであるから、「中間軸」に伝達されるものは、差動装置の回転であっても、それは同時に「駆動軸」の回転であることを意味し、一方の差動装置の回転か、「駆動軸」の回転かは、全く同じことであり区別する必要はないことになる。

むしろ、「回動自在に連結」された差動装置の回転は、イコール駆動軸の回転なのであるから、両者は区別できないと言うのが、この要件Dの「文言」の意味である。

五 にもかかわらず、原判決が非侵害を認定したということは、仮にそのように請求の範囲の文言によったと言うのであれば、中間軸と差動装置が回動自在に「連結」されると言う記載について、右ベルトが介在するものは含むと書いていないから、含まないと解釈したか、前述のように「中間軸」は「一方の差動装置だけから」、回転を受け取ると解釈したとしか考えられない(原判決は、前述のように「別個の部品」であることを非侵害の理由から排除しているから、駆動軸と中間軸が「直結」されていること自体を非侵害の理由としたとは考えにくい)。

そうであれば、明らかにそれは特許法第七〇条の解釈を誤っている。

1 すなわち、前述のとおり「連結」の用法からすれば、ベルトで「連結」するのも、正にこの態様であり、「連結器」とも同様の態様である。

そして、請求の範囲に記載されていない事項の付加は、原則として、請求の範囲の文言に含まれないことの理由とは成り得ないと言うのが、同条の趣旨である。

すなわち、請求の範囲に記載すべき事項は、必須の要件、すなわち必要最小限度の要件だけであり(実用新案法第五条四項)、あっても良いが(あった方が良い場合を含む)、それがなくてもその考案の実現が可能な要件の記載は禁じられている。

そしてそのような考案において、別の要件(ベルト)の付加があれば、それは利用考案(その付加にメリットがあることを前提として)として、元の考案の範囲に属するとされているからである(法第二六条による特許法第七二条)。

2 次に「一方の差動装置だけから」と解釈することは、前述のように要件Cの「文言」が、両者の間を回動自在に連結するとだけ表現し、どちらからどちらにでも伝達できるような表現を用いていることに対して、素直に解釈したものでない。

さらに、問題なのは、そのように解釈すると前述のように、回転の均一性と言う本件考案の目的達成と言う見地から矛盾が生じてきてしまうということである。

この点について、実施例と対比したとしても、イ号、イ号の2は、公報訂正図面の第四図が、「駆動軸」と「中間軸」の間を歯車で伝達しているところを、同じく「駆動軸」と「中間軸」の間をシャフト(単なる棒)で伝達していることと置き換えただけのもので(しかも、そのことによる技術上の差異があるかどうかについては、一審、原審を通じ、被上告人からなんらの主張、立証もなく、かつ判決でもなんら事実認定していない部分である)ある。

「請求の範囲」の記載文言とは違いがなく、実施例と対比しても有意義な差はないのであるから、いかなる理由で、原判決が違うと言ったのか、理解に苦しむところである。

六 もっとも、以上の原則に対しては、当業者にとって、ベルトを付加するとか、「中間軸」と「駆動軸」を直結させるとかによって、考案の目的や効果自体が大きく変化する等の特殊な事情がある場合には、その付加、直結の介在の有無によって、全く別の考案として評価されることがあることまで否定するものではない。

その点は、当業者の技術水準の問題であり、上告理由第二点で合せて述べるが、本件では、一審判決も、原判決もそのような特段の事情があるかどうかについては、何も触れておらず、むしろ原則論を前提としているので、ここではこれ以上触れない。

七 原判決は、以上のとおり、実用新案法第二六条により準用される特許法第七〇条の解釈を誤って解釈し、侵害しないとしたものであるので、取消を免れない。

上告理由第二点

原判決は、実用新案権の権利範囲を解釈するにあたって、当業者の技術水準に関する証拠を取り調べず、請求の範囲の文言を当業者の技術水準に照すことをせずに解釈した点で、実用新案法第二六条により準用される特許法第七〇条の解釈を誤ったものである。

一 本件考案の登録請求の範囲の記載は、

「駆動軸」と一方の差動装置は回動自在に「連結」され、

「中間軸」は一方の差動装置と回動自在に「連結」され、

「中間軸」は他方の差動装置とも回動自在に「連結」されているものであることは、その請求の範囲の記載から明らかである。

他方、イ号、イ号の2物件においては、

「駆動軸」と一方の差動装置は回動自在にベルトにより「連結」され、

「中間軸」は一方の差動装置と回動自在にベルトにより「連結」され

「中間軸」は他方の差動装置とも回動自在にベルトにより「連結」され、

「中間軸」には「駆動軸」の回転がそのまま伝達されるようになっている

ことは、その目録の図面の記載から明らかであり、前述のように原判決もその事実を認定している。

なお、本件考案の実施例では、

「中間軸」は一方の差動装置と回動自在に「直結」され

「中間軸」は他方の差動装置とも回動自在に「直結」され

ていることは、その公報図面から明らかである。そして、

「中間軸」には「駆動軸」の回転がそのまま伝達されるようになっているかどうかは、公報の図面第1図から第3図だけからでは明らかではないが、訂正された公報図面第4図(甲第一二号証の2)によれば、歯車を介して「駆動軸」と同じ回転が「中間軸」に伝達されており、明細書の詳細な説明にも、「中間軸」の回転は「駆動軸」の回転と同一なことが説明されている(甲第一号証6欄一七一三〇行)。

二 そして、「請求の範囲の文言」自体では、「連結」とはベルトを排除する趣旨まで含んでおらず、同様に「中間軸」が差動装置間の回動を伝達するという表現からは、差動装置だけから回動を受け取り、「駆動軸」からの回動を平行的に受け取る場合を含まないという趣旨までは含んでいないのであるから、あとは、当業者ならそれらをどう理解するかという、当業者の技術水準の問題となる。

三 言うまでもなく、明細書は、一般大衆を名宛人とする文書ではなく、その技術の属する分野における通常の知識を有する者(実用新案法第五条三項に言う当業者)を名宛人とする文書であるから、その意味は通常人の理解するところに従って解釈するのでは足りず、当業者の理解するところに従って解釈されるべきで、そのことについては異論を見ない。

したがって、「連結」と言う言葉や、「両差動装置の間を中間軸が回動自在に連結する」旨の表現に、右のような趣旨を含んでいると解するか、含んでいないと解するかは、当業者の技術水準に基づいて解釈されるべきものであることは、請求の範囲の文言解釈についての大原則である。

そして、当然のことながら、裁判官は、法律専門家ではあっても、当業者の技術水準上の知識をそなえた技術専門家ではないので、当業者の技術氷準に関する事実については、当事者の提出する証拠に基づいて判断さるべきものであることも、民事訴訟法上の証拠裁判主義の大原則である。

四 本件では、一審においては、この点に不十分な点があったので(上告人は、右の点については、被上告人より、当業者の技術水準に関する具体的な主張、立証がなかったので、一審ではそのことについては立証していなかった)、原審においてその立証を計画し、冒頭に述べたように、結審時において立証を至急追加する予定と述べ、しかし原審は結審したので、弁論再開の上申とともに、当業者の技術水準に関する証拠を追加した。

五 原審で取り調べが要求された甲第二四号証の技術的意見書は、我が国を代表する機械メーカーの一つにおいて、長年機械の設計制作にかかわって責任ある立場にあった者が、出願当時の技術水準に基づいて、記載した意見書である。

そして、その内容は、ベルトを付加する程度の技術は、昔から工業高校レベルで教えている事項であるかう、本件考案においては、その付加の有無は、当業者レベルではおよそ問題になる事項ではない旨、および、本件考案における差動装置とは、左右の関係でこそ「差動」であるが、前後の関係では「駆動軸」の回転をそのまま伝達するに過ぎないものと当業者なら理解するということを根拠に、「駆動軸」の回転が「中間軸」にそのまま伝達されることは、当業者レベルでは問題にならない旨、その理由を含め、詳細に説明している(甲第二四号証一六頁以下)。

そして、右取り調べ申請証拠以外には、本件考案の「連結」の点や、「中間軸」に与えられる回転について、本件明細書を読んだ当業者ならどのように理解するかについて、すなわち当業者の技術水準に関する証拠は存在しない。

六 したがって、反対事実を立証する具体的な証拠もないのに、ベルトの介在するものは本件考案に含まれないとか、あるいは、「中間軸」に「駆動軸」の回転がそのまま伝達される場合は含まない旨解釈したことは、請求の範囲を当業者の技術水準に基づかずに判断した点で、実用新案法第二六条により準用される特許法第七〇条の解釈を誤ったものである。

すなわち、上告理由第一点で指摘したように、「請求の範囲」の文言自体において明確にそれを排除しているのであれば別論、「請求の範囲」の文言自体からはそれらを含ませる余地が充分にある場合、それをあえて排除するのであれば、当業者の技術水準に関する証拠を取り調べた上で、その証拠に基づいて排除すべきものだからである。

七 なお、前記甲第二四号証の技術的意見書には、他に本件考案の進歩性について、本件考案はロッドミルについて四輪全輪を一駆動源で駆動するようにしたことに進歩性がある旨の記載があり、この点については原判決は、冒頭九頁に記載したように反対趣旨の認定をしている。

しかしながら、前述のように原判決は本件考案の進歩性を否定して、権利を限定的に解釈したものではないとしているので、これらの点が当業者にとって常識的事項かどうかは、これとは独立して認定判断されるべき事項である。

すなわち、本件考案の進歩性について、ロッドミルについて四輪全輪を一駆動源で駆動するようにしたことにはないと言う認定が正しいとしても、無効事由がないこと、すなわち本件考案を狭義に解釈しなくとも進歩性があること自体は認めるのであれば、請求の範囲の文言は当業者の技術水準に照して解釈すべきと言う結論は、かわらないからである。

上告理由第三点

原判決は、実際には登録請求の範囲の記載文言より限定的に、特に実施例に拘束された解釈を行いながら、「請求の範囲の文言どおりの解釈である」と判示し、他方一審判決が実施例にこだわるべきでない旨の明細書の記載を排除した点、本件考案の出願経過において、補正がなされたことを強調したとの点についてはそのまま維持しており、理由に食い違いがある。

一 原判決は、前述のとおり、本件考案に無効事由があるとはしておらず、その他の理由による限定解釈をすべき事案であるともしておらず、反対に、「請求の範囲の文言どおりの解釈である」としているので、そうであれば文言解釈の方法自体として誤っていると言うのが、上告理由第一点、第二点である。

しかしながら、にもかかわらず、原判決は実質的には限定解釈を行い、それも実施例に拘束された解釈を行っている。

二 まず指摘しておかねばならないことは、実用新案登録請求の範囲の記載は、実用新案権が対世的な権利であって、そして明細書、図面は実用新案公報により開示され、異議手続を得て与えられる権利であることなどから、その解釈は厳密に技術的な要件にしたがって解釈されるべきものであると言うことである。

原審では、被上告人は、無効事由があるかどうかは一つの「事情」であるかのような主張をしていたが、損害賠償、特に慰謝料の算定や、賃貸借解除の正当理由のように、諸般の事情を裁量的に勘酌して判断される場合のような、諸般の事情の一つとして解釈されるべき事項ではない。

すなわち、裁量的に斟酌される事情であれば、ある事実があっても、その程度によっては斟酌しないことも可能であり、このような事実は、事実があるかないかではなく、どの程度あるかという、量的な判断資料に過ぎない。

これに対して、無効事由による限定解釈のように、もし請求の範囲をその文言どおりに解釈したのでは無効事由が認められ、それが侵害の成否に関係する場合には、裁判所は原則として限定解釈しなければならないのである。

無効事由は認められるが、他方出願人にこのような事情があるから、限定解釈はしないと言うようなことを許すような、曖昧なものではない。

したがって、無効事由があるとまでは言えないまでも、半分無効事由があるから、権利も半分程度限定的に解釈しようと言うようなことは、原則として許されない筈である(だからこそ、最近では、無効事由の判断基準をめぐって、無効事由の明白性が要件かどうか議論されているのである)。

三 本件考案については、一部分を同一とする類似の公知技術が存在したことは、一審原審を通じ上告人も認めてきたとおりである。

しかしながら、本件考案の請求の範囲の記載全部を充足する公知技術が存在しなかったことも明らかであり、一審判決、原判決を通じてそのようなものがあったとは認定されていない。

四 これらを排除する理由として考えられるのは、

1 原判決が、要件Cについて、「中間軸」の意味を「双方向性」ではなく「単方向性」と誤解し、「差動装置」が「能動素子」と誤解するなど二重に誤解したのか、

2 出願の経過において、「請求の範囲」について減縮が行われたということを過大評価したのか、

3 「詳細な説明参酌の原則」を、詳細な説明中の実施例の態様にそって解釈すべきと誤解したのか、

のいずれかである。

4 初めの点については、上告理由第一点、第二点で述べたとおりである

5 出願の経過については、原判決は「事案の概要」の欄において、減縮が大幅であったかのように記載しているが、これは争点そのもので、争いのない「概要」ではない。

すなわち、出願当初の請求の範囲の文言と、最終の文言では、文言の数こそ大幅に増えているが、その表現している技術実体には大きな変化はなく、せいぜい「水平」が要件に加わった程度である。

すなわち、文言の数について言えば、昔の武士のさむらい的に、説明を細かくしただけであり、「水平」についても、図面は初めから水平であり、普通のケースでは水平であることは普通なのでわざわざ断らないところ、五-一〇度傾斜のある一部類似技術が引用されたので、それとの対比を明確にするため、「水平」であると断ったものである。

原判決の、出願の経過についての判断は、それぞれの技術内容を具体的に分析しておらず、また、当業者の技術水準に基づいて判断していない点でも誤りであるが、いずれにせよ、出願の経過がどうであれ、原判決は、出願の経過を理由に、請求の範囲の文言を通常の文言解釈以上に特に限定して解釈すべきとはしていないので、結論とは直結しない。

6 残る問題は、実施例の参酌の仕方であるが、実施例は「詳細な説明参酌の原則」によって参酌されることはあっても、これに拘束されるような解釈が許されないことも、「実施例不拘束の原則」から明らかである。

しかも、本件考案においては明細書には前述のとおり実施例の態様にはこだわるべきではない旨の説明が、詳細な説明中になされているのである。

もちろん、詳細な説明中に、実施例の態様にはこだわるべきではない旨の記載があっても、請求の範囲の記載を無視してまで広い範囲に拡大することが許されないことは、特許法第七〇条の記載に照して明らかである。

他方、詳細な説明中に、実施例が考案の全てであるかのような記載があれば、この場合は、当業者も請求の範囲の記載もそういう趣旨のものと思って見るであろうから、実施例にそって解釈されることも当然である。

したがって、詳細な説明中に、実施例の態様にはこだわるべきではない旨の記載があれば、それは、請求の範囲の記載は実施例に示された技術を中心としつつも(外側の)幅が広いことを当業者に注意すると共に、旨請求の範囲の記載一杯の限度で権利を要求していることの説明であり、特許庁も当然その記載を前提としそ審査し、権利付与を決しているものである。

五 これに対して、一審判決は、実施例の態様以外に拡大することは不当である旨認定し、権利範囲を実施例の態様に限定した。

原判決は、前述のように、「水平」に関する第一の争点、第二の争点にかんする一審判決の理由付は全部排除し、第三の争点紀関し、「異なった語」だから「別個の部品」だとする部分は排除したが、一審の右の実施例に拘束さるべきではないことの主張を排斥した理由部分だけはそのまま維持した。

しかし、「請求の範囲の文言どおりの解釈である」ことを理由とするのであれば、一審判決の右の部分も排除すべきところであり、逆に、右の部分を生かすのであれば、実施例に限定すべき理由をさらに認定、判断すべきものである。

六 本件考案には、上告理由第一点、第二点で上告人が説明したような請求の範囲の解釈以外に、さらに限定的に解釈すべき事実はない。

したがって、実質上実施例に拘束された解釈を行いながら、かつ、その旨の一審判決の説示を維持しながら、「請求の範囲の文言どおりの解釈である」とした点で、理由に食い違いがあり、かつその食い違いは結論を左右すべき違法である。

以上の上告理由に関して、上告人は次の点を補足しておきたい。

一 本件の上告理由は、いずれも一審判決、原判決が、本件考案の権利範囲を解釈するにあたって、請求の範囲の文言の文言どおりと言いながら、実際にはさらい限定的に、特に実施例の態様に限定する方向で解釈したことに対するものである。

二 今日、我が国の特許制度、知的所有権制度は、他国の特許制度、知的所有権制度とは切り放して論ずることができないようになっている。

最近十数年は、毎年のように特許法をはじめ、知的所有権法についての法律改正がなされているのは、主にこの知的財産制度についての国際的調和のためである。

三 これに対して、我が国の特許法第七〇条などの規定は、規定自体は諸外国と大きな差はなく、むしろ中間帯に位置するもので、それ自体は決しで非難されるようなものではない。

しかしながら、実際の侵害事件においては、本件の一審判決、原判決に見られるように、請求の範囲の文言を、可能な範囲でゆるやかに解そうと言うよりは、むしろ実施例にそった範囲でのみ、その権利行使を認めるという傾向がない訳ではなかった。

このことは先進国の中から、同じ先進国でありながら、おかしいという批判が起こっていた。

これに対して日本は、特許庁を中心として、日本の判決のほとんどが右のように実施例にこだわった解釈をしている訳ではなく、権利が限定的に解釈された事例は、無効事由等を含む場合についてであって、米国でも無効事由を含む権利行使はできないのであるから、狭すぎるとの批判はあたらないと弁解してきた。

そして、現在、諸外国特に先進国から批判を受けない方向での条文改正作業が、進行しているところである。

四 上告人が前述のように、請求の範囲の解釈について、実施例参酌の原則と実施例不拘束の関係について述べたところは、請求の範囲の解釈について、ほぼ国際的に統一した基準としてとりあげられているWIPO条約案(日本はこれに異論はとなえていない)によるものである。

条約案であるので、上告理由の根拠とするには必ずしも十分ではないが、一審判決、原判決の解釈態度は、このWIPO条約案に反するものであることを指摘しておきたい。

以上

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